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リキュールの歴史

 

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リキュールの歴史

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2010年5月22日 (土) 10:30版(UTC)

 

原初のリキュールが誕生したのは紀元前古代ギリシャのことである。医者であったヒポクラテスが、ワインに薬草を溶かし込んだ薬酒を作ったことがその起源とされている。これは、当時人々が酸味が強く飲みづらかったワインに、蜂蜜などを混ぜて飲んでいたことにヒントを得て、作られたといわれている。しかし、現在のリキュールは蒸留酒をベースとしたものが一般的であり、ワインをベースとしたものはリキュールとは呼ばないので、この薬酒を「リキュール」の起源とすることはできない。

現在におけるリキュールの原型、すなわち蒸留酒をベースとしたリキュールの原型が作られ始めたのは、11世紀から13世紀にかけてのことである。11世紀に、当時の錬金術師たちによって、生命の水(アクアヴィテ・Aquavitae)と呼ばれる蒸留酒が作られた。アクアヴィテには薬酒としての効能があると伝えられ、重宝されたことから、薬酒・錬金術の薬液「エリクシル」としてのリキュールの開発が始まった。

13世紀に、スペイン人でローマ教皇の医師であったアルノード・ビルヌーブとラモン・ルルは「スピリッツに薬草の成分を溶かし込むことによって、さらに薬酒としての効能を高められる」と考え、レモンやバラ、オレンジ・フラワーなどの成分をスピリッツに抽出したリキュールを作成した。この薬酒を、ラテン語で「溶け込ませる・液体」という意味をもつ「リケファケレ(Liquefacere)」と命名した。

このように、原初のリキュールには薬酒としての性格が強かったので、以後これらのリキュールの製法は修道院に伝えられていった。14世紀に入り、黒死病がヨーロッパで猛威をふるった際に「リキュールは病の苦しみを和らげる」と信じられたことも、修道院がリキュールを扱うようになった背景と言える。彼らは、付近から薬草や香草を収集、独自リキュールの調整に励んだ。これは現代においても、ヨーロッパで薬草を副材料としたリキュールの開発が盛んである背景となっている。

現在のように、リキュールが嗜好品として扱われるようになったのは15世紀になってからのことである。北イタリアの医師であったミケーネ・サボナローラが、「ロソーリオ(Rosolio. イタリア語で「太陽のしずく」の意)」というリキュールを開発する。ミケーネは患者に薬としてスピリッツやリキュールを奨めていたが、嫌がり飲まない患者がいた。そこで、ミケーネはスピリッツにバラの香りをつけて患者や人々に振る舞った。そうして作られたロソーリオは、次第にイタリア全土に広まっていった。

イタリア全土に広まったリキュールは、16世紀、フィレンツェの名家であったメディチ家の娘カトリーヌ・ド・メディチがアンリ2世に嫁入りし、その際に同行したシェフが「ポプロ」という酒(「これはワインをベースとしたものであり、厳密にはリキュールではなかった」とする説、「ブランデーをベースにじゃこうやシナモンなどで香りをつけたものであった」とする説などがある)を紹介し、フランス宮廷内で人気を博す。これはルイ14世の時代(17世紀)にかけて、「液体の宝石」と呼ばれるほどに色合いの美しいリキュールが開発されていくきっかけの一つともなる。

また、時を同じくして大航海時代となると、従来の薬草を中心とした副材料に加え、新大陸あるいはアジア圏から持ち込まれた香辛料がリキュールの開発をさらに加速させていく。甘味、風味を増したリキュールは多様化し、誕生していった。もっとも古いリキュール・メーカーであるボルス社は、この時代の1575年にオランダで誕生した。

近代になると、技術の革新や食生活の富裕化、あるいは医療技術の進歩によって、リキュールは薬としての役割を失っていく。そして、風味や色を重視したものが作られるようになる。19世紀後半、連続式蒸留機の開発・普及によって高濃度のアルコールが生成できるようになると、それをベースとしたリキュールが次々と開発されていった。こうした技術の革新や向上は現在においても行われており、これまで困難とされてきたクリームなどの動物性原料を使用したものなど、新しいタイプのリキュールが開発されている。

 

 

 

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